基本に則った歯内療法
<この症例はザ・クインテッセンス2012年1月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
https://storage.googleapis.com/academy-doctorbook-jp/files/quint/201201.pdf
#ラバーダム防湿 #ContinuesWaveTechnique #マイクロスコープ
【患者】
28歳,女性.口数は少なくおとなしい.人との交流が苦手で家に閉じこもりがちとのこと.神経質な面があり,口腔内への審美的要望は高い.非喫煙者.
【主訴】
右下奥歯でものを噛むと痛い.歯ぐきを触ると痛い.約半年前に右下6番の冷水痛,自発痛出現のために他院にて抜髄処置を受け,その後3回ほど根管治療を行ったが前医と折り合いが合わず治療を中断.約3か月放置していたところ,下顎右側臼歯部咬合時痛と右下6番付近頬側歯肉の圧痛を自覚し,当院へ来院された.
【歯科既往歴】
審美的要望は高く,上顎6前歯はラミネートベニアが装着されている.ただし治療歯が多く,下顎6前歯以外はすべて処置歯で,小・大臼歯すべてにインレー修復処置が施されている.
【診査・診断】
処置歯の本数が多いため,唾液によるう蝕検査を行った.唾液量と緩衝能は問題なかったが,LB 菌とSM 菌が非常に多かった.右下7番6番5番に冷温熱診,打診,プロービング,触診を行い,右下6番根尖相当部頬側歯肉に圧痛,右下6番に著明な打診痛を認め,冷温熱診では右下7番5番は正常反応を示し,右下6番に歯髄生活反応はなかった.また,エックス線写真により,右下6番近心根根尖部に,エックス線透過像を認めたため,主訴の原因歯と特定した.診査の結果,右下6番のPulpal diagnosis はPreviously initiated therapy,Periapicaldiagnosis はSymptomatic apical periodontitis とした.(AAE のガイドラインによる).
【治療計画】
治療計画は,右下7番5番はう蝕処置,右下6番は根管治療,補綴処置を行うこととした.右下6番根尖病変,近心根の湾曲,前医にてラバーダム防湿環境下での治療でなかったことや治療期間が空いてしまい難治化している可能性なども考慮して,根管治療のみでの成功率は70%程度であること,外科的歯内療法の可能性もあることを説明した.マイクロスコープを使用した精密治療が必要であることを説明し,同意を得た.
【自己評価】
本症例は根尖性歯周炎の治療と修復補綴処置という日常臨床でよく遭遇する症例であるが,1歯1歯ていねいに診査し, 基本に忠実にラバーダム下での治療,ファイル試適やメインポイント試適など,着実にステップを踏むことで患者からの信頼が得られたと思う.また,根管治療も拡大号数や作業長の位置の決定を学術的な理由づけのもとに決定することで,術中スムーズに診療が行え,症状改善もみられた.
【今後の課題】
より根管治療の知識と技術を深め,難治化している根尖性歯周炎の治療成功率をあげたい.また,コンベンショナルな根管治療だけでは治癒しなかった症例に対して,外科的歯内療法を確実に行える知識と技術の習得に励み,できるだけ多くの歯を保存していくことに努めたい.
本誌はこちらから
https://www.quint-j.co.jp/web/theQuintessence/index.php
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この症例へのコメント
歯内療法専門医として症例を拝見し,感じたことを述べさせていただく.今回の症例において主要な治療になる,歯内療法の診査・診断においては適切に行われており,言及する部分はほとんどない.治療もプロトコールが厳正に守られていて根尖性歯周炎を治癒に導くうえで申し分のない処置が行われている.技術的な側面では,遠心舌側根からシーラーが溢出していること,充填材のコンデンスに不均一さがみえること,根管壁の仕上げがスムーズでないことなど,いくつかの指摘があげられるが,根尖部周囲組織の健康に与えるインパクトはさほどないので大きな問題ではない.ただ術中写真の髄床底に髄管らしくみえる形態が存在するが,この部位の処理については何かしらの言及がほしい.
彼女がすべての処置を行うGeneral Dentist( 以下GP)であるという前提で,症例を通してその他に気になった点をあげるとすれば,補綴を行うケースにおいては,たとえそれが1 歯であったとしても,術前に犬歯誘導の有無,CO-CR スライドのチェック等を行ったほうがよかったのではないかという点,処置歯が多いという理由だけでサライバテストをただちに行うことに正当性が見出せないという2 点である.とくに,昨今の日本におけるサライバテストの患者への応用のされ方は乱用といわれても仕方がない状況であるということを知っておかなければならない.
<この症例はザ・クインテッセンス2012年1月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
医療技術や研究が高度に細分化され,臨床応用されるようになってきた現在において,われわれ歯科医師はどの道を進んでいくのか,個々に決断しなければいけない時期にきている.臨床家の道を選んだ歯科医師であればGPかSpecialist のどちらの道を選択するのか,自分のライフスタイルや医療に対する考え方をふまえて自分に合った最善の道を選ばなければ真の患者利益を提供することは今後困難になっていくであろう.
GP としてもっとも必要な能力は,真の患者利益に必要な処置を自分が提供できるのか,または自分の力量を超えてしまっているかの判断ができることと,力量を超えていると判断したときの患者対応であることは明白である,自分で治癒に導けないから短絡的に患者に抜歯を勧める,このような状況に陥ってしまわないように注意が必要である.今後のさらなる成長を期待している.
<この症例はザ・クインテッセンス2012年1月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
症例ご提供ありがとうございます。またドキュメンテーションがあり、良く理解できました。少し感想を書かせていただきましたのでお読み頂ければ幸いです。
主に気になったのは2点です。1つは診査診断の弱さ。もう1つは無菌治療の配慮の工夫です。
まず主訴から想定されるべき鑑別診断が必要かと思われます。確かに最も疑わしいのは根尖性歯周炎による「咬合時痛」「頬側歯肉の圧痛」「打診痛」であったのかもしれませんが、他に考えられる疾患による症状である可能性が否定されていません。やはり除外診断等を含めたコメントが必要でしょう。患者さんの「神経質な面」という情報からも、臼歯部のX線からブラキサー、エロージョンの経験があるかもしれませんね。そうするとやはり筋痛の除外診断は必要でしょう。またプロービングの結果も知りたいところです。
「X線透過像」と書かれてありますが、イエテボリの診断ではX線的には不確かな病変であり、歯根膜腔の拡大が認められる程度です。無菌治療は特にこの症例のような弱い感染が想定される根管と思われる症例でも、可及的に細菌を根管内に入れないという配慮が必要とされます。残念ながら初診時のX線から、両隣在歯と連結されているように見えます。このような状態ですと、ラバーダムシートが隣接部で高くなり、7枚目9枚目の写真でもわかりますように、リーケージが形成した面に非常に近いところに起こりやすくなります。ですから、オラシールのような材料を使われているのかもしれませんが、ここはもう少ししっかりとラバーを隣接面に落としていけば、その部のリーケージも心配無くなりますよね。
「症状改善もみられた」という結果から、診査診断も無菌治療も適切だったのでしょうが、ほんの少し気をつければ、似たような症例でも、実は異なる原因による場合に、診断のエラーを引き起こさないで済むかなと思いました。
症例提供してくださってありがとうございました!