無歯顎症例において 総義歯による欠損補綴治療を行った症例
<この症例はザ・クインテッセンス2013年2月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
https://storage.googleapis.com/academy-doctorbook-jp/files/quint/201302.pdf
#病態診断 #CBD #セントラルベアリングデバイス #プロター咬合器 #トリートメントデンチャーを用いた咬合採得
【患者】
55歳,男性.
【主訴】
右下3番が抜けたので入れ歯を作ってほしい.
【歯科既往歴】
1年前に左下3番が自然脱落し,増歯修理していた.その後,右側ばかりで咀嚼していた.20歳ぐらいのときに右側下顎骨を骨折した.
【診査・診断】
口腔内の診査,顔貌写真,旧義歯の診査後に詳細な問診を行い,つぎの3つに原因があるのではないかと考えた.
①顎堤は上下ともに良好であるが,下顎の両側の頬小帯により床の安定が阻害されているのではないか?
②旧義歯は上下ともに人工歯咬合面が削合されており,義歯調整が繰り返されていたようであった.上下顎義歯が嵌合時に安定していないのではないか?
③ 左下3番をかばうように噛んでいたことから,右側の片咀嚼により左右の咀嚼筋の協調が得られていないのではないか?
以上の病態診断より仮義歯製作後,床の安定を阻害する因子である口腔軟組織の改善を行い,新義歯を製作する設計診断を説明し,患者の同意を得た.
【治療計画】
通院初期において,患者から「なぜ写真を撮影するのか」,「問診を詳細に行うのか」,「すぐ義歯製作をしないのか」などの質問があり,前医院との違いに対して患者がとまどっていることが伺えた.しかしながら今までと同じやり方では同じ結果になってしまうことを説明し,「まずは保険適応内で治療を行ってみましょう」との説明に納得し,理解を示してくれるようになった.
【自己評価】
本症例では術後6か月までの経過において,人工歯咬合面および義歯粘膜面に調整を行う必要がまったくなかった.それゆえ本症例では習慣性閉口運動路上の筋肉位および咀嚼終末位を咬合器上に再現し,総義歯を製作・装着できたと考えた.本症例では
院内歯科技工士とステップごとに互いの仕事を確認しながら義歯を製作した.義歯製作は人工歯排列や重合などのラボサイドでの工程が多いことから,各ステップにおいて歯科医師と歯科技工士で仕事の目的や重要な部分を互いに理解しておく必要がある.
【今後の課題】
総義歯臨床は28歯の補綴処置で,全顎的な咬合再構成であり,無歯顎者において咀嚼機能の回復ならびにQOL向上のためのオーラルリハビリテーションである.本症例ではVAS(ビジュアルアナログスケール)法による術前術後のアンケートを行ったが,食物を噛むことに関しては93%の改善を認めたが,日常生活支障度では70%程度の改善にとどまった.これは可撤式という問題があるにせよ,総義歯が咬合だけでなく,咀嚼や発音ならびに審美においてQOL向上の役割を有する人工器官であること示唆している.本症例を振り返って考えると,筆者にはこの認識がまだ不足していたように感じる.いつかは患者の人生に大きな喜びを与えられるような人工器官としての総義歯を製作してみたい.
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この症例へのコメント
補綴臨床Step Up講座の有床義歯コースを受講し,総義歯臨床における基本知識を堅実に智見している.総義歯臨床を咀嚼筋の作用に対して適正な咬合位(機能的 な咬頭嵌合位)で人工歯排列すること,人工歯28歯による咬合再構成であること,無歯顎者に対するオーラルリハビリテーションであることを十分に自覚したうえで本症例に取り組んでいることがみてとれる.旧義歯の咬合関係において咬頭嵌合位のズレ(咀嚼終末位と形態的,解剖的な咬頭嵌合位が不一致)であるとした病態診断を下したところは「病態診断を精確に行う」と自負するだけのことはある.咬合採得でセントラルベアリングポイント(習慣性閉口終末位)が未収束であったことから,CBD機構を搭載したトリートメントレストレーションを利用して機能的な咬頭嵌合位である咀嚼終末位1点を発見し,その咬合位を咬合器上に再現することで「噛める」とした患者本位の咬合を見出している.また,外耳道が左右異なる位置を呈し,側頭骨をはじめとする頭蓋骨の歪みが認められる本症例において非機能的な力を消失させ,頭蓋骨の歪みを解消したのは見事である.もちろん,外科処置による口腔内の環境整備をはかることで下顎義歯の吸着が十分に得られていることはいうまでもない.
<この症例はザ・クインテッセンス2013年2月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
有床義歯における咀嚼能力の低下は,咀嚼効率に大きな影響を及ぼす咬合面が人工歯による既製形態であることが一番の原因である.本症例は保険診療範囲内における総義歯臨床であり,人工歯には解剖的人工歯を使用せざるをえなかったことから,咀嚼終末位を再現した咬合器上で丹念に人工歯排列,形態修正を繰り返しても,各歯の役割,働きを十分に果たす咬合接触を付与することができていない.筆者も経験したことであるが,術後のVAS において「噛める」と評価されたのは旧義歯との比較であり,この点では総義歯臨床の成功を意味しているものの,「日常支障少々あり」と評価されたのは有歯顎時代との比較であり,発音や審美のみならず,咀嚼そのものにおいても100%満足しているとは限らない.今後は,全部床義歯が咀嚼,発音,嚥下するための人工器官として患者のQOLを支えることを目的に,機能的人工歯やハイブリッドセラミックスによるカスタマイズ人工歯を用いた総義歯臨床にも取り組まれることを期待したい.
<この症例はザ・クインテッセンス2013年2月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>