Doctorbook academy

柴原由美子

歯の保存に全力を尽くす

<この症例はザ・クインテッセンス2012年3月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>

https://storage.googleapis.com/academy-doctorbook-jp/files/quint/201203.pdf
#デンタルエックス線写真 #垂直性骨吸収 #根尖性歯周炎

【患者】
34歳,女性.真面目な性格.重度糖尿病であり,全盲,足が不自由で実妹に介助されて来院.

【主訴】
左右の奥歯が動いて,噛むと痛い.以前からときどき歯ぐきも腫れる.

【歯科既往歴】
幼少時から歯科を転々と受診.定期的な通院経験はなく,主訴の改善のみ行ってきた.歯ブラシをしないことが多い,と意識は低い状態であった.

【診査・診断】
右下7番は,デンタルエックス線診査で,遠心部の縁下う蝕,根尖部透過像,それに連続する遠心の垂直性骨吸収を認め,歯周精密検査にて同部位のPPD は12mm であり,歯内- 歯周病変と診断.􏿊左下7番は,根尖部透過像,遠心に垂直性骨吸収を認め,同部位のPPD は6mm であり,垂直性骨吸収をともなう根尖性歯周炎と診断.どちらも過去に智歯が存在していた可能性が考えられる.

【治療計画】
右下7番は抜歯あるいは可及的保存という2通りの計画を提示した.ただし,保存となると時間を要し,治療経過をみながら,場合によっては抜歯になる可能性も説明.定期的な通院がストレスになるのではないかと考え,相談した結果「私の歯のことを自分のことのように考えてくださってうれしいです」という言葉をいただき,保存するための処置を行っていくことで合意した.
根尖病変の範囲を見極めるために,感染根管治療を先行した.その間,歯の自然移動による骨レベルの改善をはかった.
 右下7番左下7番は単根で樋状を呈しており,とくにファイリングを中心に根管の水平的な拡大を行った.本来なら歯周外科が必要であるが,全身状態により外科処置は選択できず,歯周基本治療を徹底した.咬合性外傷が一因となった可能性もあり,最終補綴物装着後はスプリントを製作.また,患者は全盲で,聴覚と触覚が敏感であるため,とくに声のトーンや表現方法,口腔内の扱い方に配慮し,治療全般を自ら行った.

【自己評価】
 右下7番左下7番において,垂直性骨吸収は改善され,根尖部透過像は縮小傾向にある.しかし,患歯の対合歯が天然歯で削除量が制限され,最終補綴物が平坦な咬合面形態となり,手技の甘さがめだつ.長期安定性にはやや不安が残るが,全身既往歴により治療内容が限られ,抜歯か保存かという選択肢のなかで歯の保存に全力を尽くした.卒後3年目に遭遇した症例で,経験のなさから予後が予測できず,手探りの状態で治療を進めたのは反省すべき点である.

【今後の課題】
治療技術の向上はもちろん,患者と長くかかわれるように信頼関係の構築に努め,先人たちの教えをもとに実践した自分の治療の経過を追い,経験という礎を築いていきたい.現在,歯科治療の全体像が少しみえてきたという段階.インプラント治療や審美治療などの「できないこと」に挑み,引き出しを増やすためにも,歯科医師として,人間として柔軟な姿勢で学び,精進していきたいと考えている.

本誌はこちらから
https://www.quint-j.co.jp/web/theQuintessence/index.php

この症例へのコメント

  • 下川公一

     今回は,本当に驚いた.これほどまでに,完璧な感染根管治療の進め方は,私も経験したことがない.柴原先生は,私のところに3 年間勤務していた,倉富覚先生の代診を5 年間している方である.つねづね,優秀な女性歯科医師であるとは思っていたが,これほどまでにすごいとは驚きを通り越して久しぶりに感動させられた.私も,臨床歴が45年になろうかとしているが,45年前の自分を振り返ってみると,エンドで何が何でも治そうとしていたことを思い出す.患者は,透析治療を続けられており,本来であれば右下7番は誰がみても抜歯という診断を下すはずである.それを,患者とのコミュニケーションがうまくいったとはいっても,これほどまでのよい結果がでるとは,ただただ感服するのみである.右下7番左下7番は,ほとんどが樋状根で,複雑な形態をしており,馬蹄形を呈す場合もあるが,本症例はまさにそれである.わかってはいても,根管を明視して拡大形成するのは,根気だけではなくて,知識と才能が必要である.柴原先生は,それらのすべてを兼ね備えた稀にみる才能豊かな臨床家であると確信する.すべてに,文句のつけようがないプレゼンテーションである

    <このコメントはザ・クインテッセンス2012年3月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>

  • 下川公一

     柴原先生は,倉富先生を通じて知り合ったが,歯科臨床にもってこいの人徳と才能を有している.とくに,エンドは知識に裏付けされた技術と情熱を,見事に臨床に生かして,誰もが感心する臨床結果をだしてきている.おそらく,今の保険制度のなかでこれほどの治療を行うと,不採算のはずであるが,それをさせる院長の倉富先生もすごい.もうすぐ,長崎のご実家に帰って父親と臨床をされると聞いているが,本当によいところに就職し,研鑽された.彼女は,エンドだけではなく,歯科臨床すべてに興味をもち,情熱を注いでいるので放っておいても確実に成長していくはずである.今,WDC(女性歯科医師だけの全国的なスタディグループ)のメンバーとして活躍しているが,将来は中心的な役割を担うはずである.このような女性歯科医師が数多く育ち始めているのが頼もしい限りである.長崎に帰れば,また違った環境のなかで臨床を行うこととなるが,くらとみ歯科クリニックで学んだことを生かしながら,自分の臨床スタイルを確立させてほしい.まだまだ学ぶことが多いとは思うが,確実に一歩一歩前進している姿をみると,自分の若いときのことを思い出す.本当にすばらしい症例をみせていただき,私自身が勉強になった.

    <このコメントはザ・クインテッセンス2012年3月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>

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