患者の希望と術者の臨床技術 ─前歯部審美インプラント治療を通して
<この症例はザ・クインテッセンス2010年5月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
https://storage.googleapis.com/academy-doctorbook-jp/files/quint/201005.pdf
#患者の希望 #審美修復 #インプラント治療 #過剰歯 #GBR
【患者】
温厚な30歳の女性で,インターネットでインプラント治療をしている歯科医院を検索時,当院のホームページを見つけ来院に至った.隣在歯を削らないインプラント治療に強い興味をもたれていた.
【主訴】
右上1番の審美障害.最近になって,自分の前歯が写っている写真をみて,右上1番と他の天然歯の色調が異なることが気付き,意識するようになってきた.
【歯科既往歴】
中学時代のクラブ活動中に竹刀で上顎前歯部を強打し,近医にて右上1番の歯根破折と診断された. 根管治療とメタルセラミッククラウンによる修復処置を受け,年1~2回のメインテナンスを受けていた.
【診査・診断】
右上1番の修復物にブラックマージンを認める .全顎的な歯列不正 があり上顎前歯部では,左上がりの切歯平面の傾斜が 認められる.歯周組織検査では右下7番の舌側近心に5mm のプロービングデプスを認めたが,それ以外の歯に関しては,病的な所見は認められなかった.
デンタルエックス線写真より,右上1番根尖部に透過像があり,その根尖に歯牙様の不透過像を認める . CT値などにより歯牙様組織は過剰歯と判断し , 右上1番の歯根吸収および根尖周囲軟組織が過剰歯周囲にまで達していると診断した.
【治療計画】
歯列 不正に対して矯正治療を行い,右上1番はインプラント修復 を行うことが予知性の高い治療となると説明した.
患者は費用や治療期間の問題から矯正治療は行わず,右上1番 のみインプラントにて隣在歯と調和のとれた形態で修復することを希望した.
右上1番根尖部の過剰歯を除去する 必要性,CT画像より頬側の歯槽骨吸収への対応および 術者の外科スキルを考慮し,抜歯同時GBRを行った後, 十分な治癒期間を待ってインプラント埋入+即時プロ ビジョナイゼーションが妥当であると判断した. 粘膜を剥離し,右上1番と過剰歯を抜去した .根尖部 軟組織を徹底的に除去し,デコルチケーション後に骨 補填材を充填後,吸収性メンブレンで欠損部を覆った .メンブレンが不安定だったので固定ピンにてメンブレンを固定し,十分な減張切開を行い縫合した .術後の粘膜の裂開や感染などはなかった.
GBR後6か月,インプラント埋入部位の顎堤粘膜 を骨膜弁と粘膜弁に分けて剥離し,ボーンタックの除去,インプラント埋入,および頬側CTGを同時に行い ,フィクスチャー立ち上げのプロビジョナルク ラウンを装着した .フィクスチャー埋入4か月後, 前歯部の審美性を考慮し,右上2番のラミネートベニア,左上1番と左上3番の形態修正を行い,キャストゴールドのカスタムアバットメントおよびジルコニアクラウンで最終補綴 を行った .
メインテナンスは3か月ごとに行った.2年後,イ ンプラント修復した右上1番に若干の歯肉退縮(約0.3mm)が認 められたが ,CT画像より,インプラント周囲歯槽骨は安定している .
【自己評価】
抜歯待時埋入となり患者にとっては手術回数が増えたが,抜歯・GBR・埋入・補綴といった 各ステップを確認しながら治療できたことは,有意義であった.
術者の臨床技術に見合った治療計画により,予期せぬトラブルも回避できたと考えている.上顎6前歯の審美的なバランスをとる作業に苦慮し結果的に隣在歯への処置が必要になってしまった.
術前における最終補綴のイメージが甘かったと反省している.今なら生体親和性が高く,審美的なジルコニアアバットメントを選択したであろう.
メインテナンス時には,インプラント部の唇側歯肉 や歯肉乳頭の退縮および辺縁骨の変化を注意深く観察し,今回の術式の妥当性について考えていきたい.
【今後の課題】
本症例の各ステップを写真で確認することで軟組織の管理について未熟さを痛感した.今後も臨床を記録し,批判的吟味をしていきながら,患者に少しでも快適な歯科治療が提供できればと考えている.
本誌はこちらから
https://www.quint-j.co.jp/web/theQuintessence/index.php
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この症例へのコメント
本症例は,右上1番の根尖部にエックス線透過像があり,埋伏過剰歯も存在していたため,難易度が高い症例と考えられる.抜歯と同時にGBRを行い,フィクスチャー埋入時にプロビジョナルクラウンを装着し,短期間で患者が満足する最終補綴に至ったことは高く評価される.また,最終補綴後2年のCT画像で,唇側歯槽骨に皮質骨様のエックス線不透過性のラインが認められ,抜歯同時 のGBRは成功したと考えられる.しかし,術前と比較して右上2番近心の歯間乳頭部が若干陥凹し,右上1番の歯冠が少し大きくなったことが強調されていると思われる.抜歯同時のGBRであるため軟組織の不足が生じ,切開線が延長され,縫合時には右上2番の近心隅角部に可動粘膜が位置している.フィクスチャー埋入時は同部の歯肉が温存された状態でプロビジョナルクラウンが装着されたため,右上2番近心の歯間乳頭部に陥凹が後遺したと考えられる.フィクスチャーの埋入後,軟組織が十分に治癒してから軟組織の形成術を行ったほうが,より満足する結果が得られた可能性があると思われる.
<このコメントはザ・クインテッセンス2010年5月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
インプラント治療において,審美性の回復と治療期間の短縮という患者の要求は,治療のリスクを高くする.当院の臨床データでは,抜歯後6か月以上が経過しても抜歯窩に骨が再生していなかった症例が,322例中26例(8.1%)に認められた.病理組織学的には,線維性治癒や腐骨形成などが認められ,歯槽骨に存在していた慢性炎症が原因と考えている.本症例では,抜歯同時のGBRで骨が形成されたことによって予定どおりの治療が行われ,患者の満足が得られている.しかし,骨が形成されなかった場合の代償は大きく,審美性の回復は困難になり,治療期間もかえって延長する危険性がある.筆者の経験から,同じ術式を続けて行った場合,20例を超えた頃から予期せぬトラブルが生じる傾向があると考えている.英語の論文によりエビデンスを検証し,臨床データを客観的に評価するという先生の姿勢は立派と考えられる.しかし,表に出ないトラブル症例が多く存在していることも事実で,各症例について長期的に術後評価を行い,先生自身のエビデンスを蓄積することが重要と思われる.
<このコメントはザ・クインテッセンス2010年5月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>