治療の進行とともに患者の意識変化を実感した一症例 ─前歯部審美障害への対応を通して─
<この症例はザ・クインテッセンス2010年4月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
https://storage.googleapis.com/academy-doctorbook-jp/files/quint/201004.pdf
#舌側転位 #歯周形成手術 #信頼関係
【患者】
47歳,女性.非喫煙者.内向的な性格で口腔内に対しての関心は低い.口腔内診査時に両側頬粘膜にレース状の白線を認め,扁平苔癬が疑われたため病理組織検査を行い,扁平苔癬(悪性所見なし)と確定.
【主訴】
上顎左側臼歯部の違和感.数か月前から咀嚼時に違和感があったが,自発痛はなくそのまま放置.数日前から症状が悪化してきたため受診.
【歯科既往歴】
全顎的な治療の経験はなく,何か症状があるたびに局所の治療を繰り返してきた.ブラッシング指導等の歯周治療は受けたことがなく,全体的にプラークの付着が多く,歯肉の発赤も目立つ.
【診査・診断】
主訴である上顎左側臼歯部の違和感は左上7番の根尖病巣と判断し,同部の感染根管治療を行った.症状が消失した後,上顎前歯部の補綴を優先的にという患者の希望もあり,上顎前歯部も含めた全顎的な診査を行った.
歯周精密検査の結果,歯周ポケットはすべて4mm以下で動揺も認められなかった.プラークコントロールは不良で多数歯にBoP と歯肉の発赤を認めた.
左側犬歯,第一小臼歯に交叉咬合が存在するが,咬合は安定しており顎関節の異常も認められなかった.上顎前歯部において,左上2番は舌側転位し,上顎4前歯に不適合な補綴物が装着されており,生物学的幅径の破壊によると考えられる歯肉の炎症も認められた.同部デンタルエックス線検査では上顎4前歯に不十分な根管治療が認められ,右上1番2番には極度の根近接を認めた.
根近接部位では最終印象採得が困難であり,補綴物装着後の清掃性も悪くなることが予想されるため,右上1番2番の根近接を解消したうえで補綴を再製作することが必要であると考えられた.そこで,上顎前歯部には歯肉剥離掻爬術を行い生物学的幅径および歯根間距離を確保することを計画した.
【治療計画】
左上2番については,矯正治療による唇側移動,または抜歯して上顎②①①2のブリッジ,あるいはそのままで補綴のみ再製作という選択肢が考えられたが,矯正治療は受け入れられず,また,舌側に張り出さない形でつくり変えたいとの要望があった.左上2番の状態がそれほどよくないこと,右上1番2番左上1番はブリッジの支台としても十分に耐えうることを説明したところ,納得され了承を得たので左上2番については抜歯を行った
【自己評価】
最終補綴物は患者・術者にとって審美的にも満足のできる治療を行うことができたと思うが,メインテナンス時の歯肉の発赤が気になる.扁平苔癬による影響も考えられるが,ブラッシングの不足がもっとも大きな原因であると思われる.補綴処置に気をとられ,歯周外科治療後のブラッシング指導の徹底が多少疎かになっていたことは反省しなければならない.
【今後の課題】
この症例を通して,患者との信頼関係を築きながら患者が納得できる治療を達成することの難しさを実感することができた.今後は,自らの技術を向上させ,患者により多くの治療オプションを提供できるよう,研鑽を積んでいきたいと思う.
本誌はこちらから
https://www.quint-j.co.jp/web/theQuintessence/index.php
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この症例へのコメント
基礎的な歯科治療,たとえば根管治療や支台歯形成をしっかりと学び,それを臨床に生かして結果をだしていることがよくわかる.また,歯肉の炎症や歯周ポケットの改善のために行う基本的な歯周治療や歯周外科治療に関しては,前歯部の根尖側移動歯肉剥離掻爬術(全層弁)をみるかぎりクレームのつけようがない.とくに全層弁による根尖側移動剥離掻爬術は歯肉弁を根尖に移動し固定することが大変難しいにもかかわらず,しっかりと目的の位置に歯肉を固定縫合しており,歯周治療においてかなり経験を積んでいることがうかがえる.さらには,審美的な問題点を解決するための対応として行った結合組織を用いたridge augmentation は,熟練を要する処置にもかかわらず,患者の審美的要求に十分に応える見事な結果である.左上2番の修復処置がカンチレバーブリッジになったことは残念であるが,審美的にはこの選択が一番正しい治療計画であったのではないかと思う.
<このコメントはザ・クインテッセンス2010年4月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
左上2番の抜歯後の歯槽堤の吸収に対する処置としては,軟組織によるridge augmentation によりすばらしい結果を得ているが,患者の苦痛から考えると手術部位が一か所ですむ選択肢はなかったのだろうか? たとえば抜歯時に骨補填材を抜歯窩や唇側面に填入し,バリアメンブレンで抜歯窩を覆うことで抜歯窩の保存を行うsocketpreservation technique も,歯槽堤の保存において非常に有効であると報告されているので,次症例においてトライしてもよいのではないか.さらに,もし患者の経済的な余裕が許すならば右上3番の捻転や右上3番右下3番の交叉咬合を改善することによって上顎前歯部のより審美的な改善がみられたのではないかと思う. また, カンチレバーブリッジを避け左上3番を支台歯とした上顎②①① 2 ③ のブリッジにすることで補綴物の強度を上げることができたに違いない.最後に,術者も指摘しているように,患者がプラークコントロールをよりいっそうきちんと行うようにモチベーションを高めると完璧な治療となったであろう.
<このコメントはザ・クインテッセンス2010年4月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>