審美性,機能性を求めた総義歯臨床
<この症例はザ・クインテッセンス2013年7月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
https://storage.googleapis.com/academy-doctorbook-jp/files/quint/201307.pdf
#審美性 #機能性 #総義歯臨床
【患者】
62歳,男性.会社員.明るい性格である.
【主訴】
下顎右側の歯がグラグラしており,咬むと痛いので抜いてほしい.左側の歯は最後の1本なので残してほしい.
【歯科既往歴】
数年前より歯の動揺を自覚しており,前医に勧められるまま抜歯と補綴治療を受けていた.「一度歯を抜いてから,つぎつぎと抜く必要があるといわれ,あっという間に現在の状況になった」とのことであった.義歯を作り直す必要性は感じておられた.
全身的既往歴は高血圧,糖尿病,腎臓病.
【診査・診断】
欠損部が広がっていった原因は,患者の現病歴から重度歯周病と咬合性外傷と推測した.治療計画としては,天然歯にかかる力を考えてオーバーデンチャーによる補綴を選択.右下3番相当部位にインプラントを埋入し,左右の支持力のバランスを整えたいと考えた.天然歯,インプラントに強い側方力をかけないように,アタッチメントには磁性アタッチメントを選択.また義歯の横揺れを防ぐため,半調節性咬合器を用いてバランスドオクルージョンを与えることをめざした.
【治療計画】
患者はこれまでの経緯から,このままでは近いうちに無歯顎になってしまうことを理解されていた.最後の1本の歯をなるべく長期に保存・機能させるための治療計画であることを説明し,治療の必要性を理解していただいた.
【自己評価】
審美的,機能的には及第点の治療ができたと考えている.しかし,下顎義歯の吸着を得るために設定したボーダーが,少し広すぎたのではないかと感じている.今回は幸いにも患者が許容してくれたが反省点である.
【今後の課題】
フルマウスの治療を行う場合の咬合高径について明確な基準をもつことができていない.高めに設定すれば顔貌は若くみえる.しかし,患者によっては顎が疲れるといわれる場合があった.アンチエイジングとして高めに設定したい気持ちはあるが,加齢とともに低く設定していくほうが優しい治療なのかとも考えている.今後はデータを集積しながら,明確な基準を作っていきたい.
本誌はこちらから
https://www.quint-j.co.jp/web/theQuintessence/index.php
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この症例へのコメント
廣田先生は,私の北九州歯学研究会の後輩にあたる,樋口琢善先生の医院に勤務すると同時に,北九州歯学研究会若手会に所属して研鑽を積んでこられた.仕事に対する真摯な姿勢と,目の輝きが印象的な青年歯科医である.
廣田先生のような若い歯科医師が,My First Stage の題材として「総義歯」を選択し,両側性の平衡咬合を付与しようとしていることは,非常に興味深い.総義歯臨床において,両側性の平衡咬合は王道的咬合論であり,これを否定する歯科医師はいないであろう.両側性の平衡咬合は,総義歯の維持・安定に有効であるばかりか,顎堤の健全保持のためにも重要であり,患者も優れた装着感を得ることができるものと思われる.
しかしながら,臨床で両側性の平衡咬合を付与することは容易ではなく,咬合と咬合器に関する幅広い知識と技術が不可欠である.咬合平面の傾斜角,顆路角,切歯路角,咬頭傾斜角,調節湾曲に加え,歯軸に対する深い理解がなければ,機能性と審美性の両立は到底なしえない.総論的な思考が求められるために,ミクロ的な治療がトピックスとなりがちな現在,逆に,若い歯科医師が取り組む題材としては価値あるものであろう.
<このコメントはザ・クインテッセンス2013年7月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
付属の動画をみると,磁性アタッチメントを装着する前の下顎の総義歯には十分な吸着が得られているようである.廣田先生は,右下3番相当部にインプラントを使用して,下顎左側の天然歯との支持力のバランスを整えたいと書かれている.磁性アタッチメントを装着すると,残存歯,インプラント,そして歯槽堤が支持を担うことになり,この義歯は可撤性部分床義歯としての性質を帯びてくる.しかしながら,下顎左側の残存歯の支持骨は十分ではなく,残遺歯槽堤にも左右差がある.被圧変位量の異なる3 者による複雑な支持型式となり,かえって下顎総義歯の維持・安定に悪影響を及ぼすことになるのではなかろうか.そして,長期的には,残存歯,インプラントに対する過重負担による骨吸収,あるいは,インプラントを支点とした義歯の破損なども懸念される.下顎左側天然歯は,歯槽骨の保全のために保存してリリーフを行い,総義歯として吸着させたほうが,良好な維持・安定を長期的に得られるのではないかと考える.今後も研鑽を重ね,さらなるステップアップを願っている.
<このコメントはザ・クインテッセンス2013年7月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>