Doctorbook academy

岩田卓也

歯肉のクリーピングを考慮した 上顎前歯部の補綴治療

<この症例はザ・クインテッセンス2016年8月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
https://storage.googleapis.com/academy-doctorbook-jp/files/quint/201608.pdf
#歯肉のクリーピング #上皮 #補綴治療

【患者】
40歳,女性,性格はおとなしそうだが,真面目かつ几帳面で少し心配性.

【主訴】
1週間ほど前より右上奥の歯肉が腫れている.

【歯科既往歴】
約8年前に上顎前歯の補綴修復を受けたが,歯肉腫脹などに対する歯周治療や,食渣の停滞および構音障害に対する追加的な処置を受けた.

【診査・診断】
上顎右側臼歯の歯周膿瘍の急性症状沈静後,全顎的診査と問診を再開.主訴ではないが,上顎前歯部の審美性への不満,補綴物装着後の度重なる治療介入および歯肉の違和感と出血から不安を訴えておられた.

【治療計画】
歯周疾患に関しては中等度の広範型慢性歯周炎と診断.全顎的な縁上歯石・縁下歯石(必要部位のみ)の超音波スケーラーによる除去とセルフケアの指導を行い,炎症がコントロールできるかを長期的に観察していくことを提案.また,上顎前歯部に関してはエックス線診査とポケット診査(BOP +,排膿+)より歯根破折の疑い,さらに,既往歴より歯肉再生の鍵となる歯根面へのルートプレーニング処置の有無や,露出歯根面に対してのう蝕処置やロスした歯間乳頭部に対してのCR 充填などによる歯根および歯周組織へのダメージが診査できないので補綴物を外し,プロビジョナルレストレーションへ置き換えた時点での再診断を提案した.

【自己評価】
最終補綴物装着後約6 か月という期間での考察だが,歯肉は回復傾向にあり排膿もなく順調に経過している.thin-scallop type のバイオタイプに比較し,この患者のように顎骨にボリュームがある方は,上皮細胞層下の結合組織成分も豊富で(とくに細胞外基質の線維性タンパク質やプロテオグリカンなどのマトリックス構成成分),代謝が盛んに行われ,線維性結合組織の再生や上皮泳動(クリーピングアタッチメント)が起こりやすいと考える.今後,歯肉溝からの感染に対し,長い上皮性付着部での歯周組織(とくに上皮)を維持していかなければならないが,この患者の厚い歯肉組織の不動性による二次的な防御が有利に働いてくれると考えている.

【今後の課題】
臨床経験10年に満たない筆者の課題は枚挙に暇がないが,とくに今は基礎分野と臨床の結びを意識している.自然科学領域のなかで起きる現象の理由は必ず存在し,解明されるものであると信じている.だからこそ,自身の臨床の経年的変化のなかからの考察がもっとも大切であるし,歯科医師としての責務と考えている.

本誌はこちらから
https://www.quint-j.co.jp/web/theQuintessence/index.php

この症例へのコメント

  • 行田克則

     本症例は決して派手な症例ではないが,患者側に立った治療計画を立案していることが評価できる.ややもすると既存補綴の範囲を広くし,あるいは審美的理由で抜歯からインプラントを応用する症例が多く見受けられる昨今,既存補綴歯数を増やすことなく治療に対応している姿勢が頼もしく感じる.また話は脱線するが,前医がどのような経緯でこのような補綴物を自費診療で装着したのかも理解に苦しむところである.
     さて本文中にもあるとおり,患者はflat-thick の歯肉パターンを有することに筆者は目を付けており,本症例ではこの着眼点に従い治療計画を立案することが重要であると理解している点が評価できる.つまりクリーピングアタッチメントを含めた歯肉の再生が起こりやすく,生物学的幅径の影響をほとんど受けないということである.したがって補綴形態主導型で歯肉を誘導することが容易になるため,文中にあるように歯肉縁下にレスカントゥアを与えるS shape profile は非常に有効となる.矯正的手法で歯頸線を揃えることを考える読者もいるかもしれないが,歯槽骨の高さに不揃いがないことから,矯正によるC/R ratio の不利益のほうが大きくなるので選択肢とはならない.
     また,患者は年齢のわりに下顎前歯の咬耗が顕著で,前歯での咬合力の強さが鑑みられるため,連結処置を行ったことも長期安定のための正しい選択といえよう.補綴に対する考えや治療計画に関して問題はないと思う.
     小さな疑問ではあるが,築造材料に関し,₁のみファイバーポストにしていることに特別な理由があるのなら記してほしかった.

    <このコメントはザ・クインテッセンス2016年8月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>

  • 行田克則

     プロビジョナルレストレーションでの1 年の歯肉の変化と最終補綴物装着後の歯肉の変化を見ると,材料の違いもさることながら,明らかにプロビジョナルレストレーションでの変化が緩慢であることがわかる.プロビジョナルレストレーションの時期には左右の歯肉の対称性を積極的に確保する必要があったため,右上2番1番には強いレスカントゥアを付与すべきであったが,中途半端な状態に見てとれる.したがって,印象採得直前でも歯頸線は不揃いのため,影響を受けたフィニッシュラインが不揃いであることがわかる.つまり,プロビジョナルレストレーションと最終補綴物形態に乖離が生じている.今後,プロビジョナルレストレーションで省察した内容が最終補綴物の骨子となるように研鑽してもらいたい.

    <このコメントはザ・クインテッセンス2016年8月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>

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