Doctorbook academy

芝 多佳彦

歯根膜を活用して 咬合支持の確保に努めた症例

<この症例はザ・クインテッセンス2017年5月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>
https://storage.googleapis.com/academy-doctorbook-jp/files/quint/201705.pdf
#自家歯牙移植 #MTM #歯根膜移動

【患者】
45歳, 女性. 宅配の仕分け業務が仕事.1999年より通院.来院するのは疼痛時のみであり,仕事と家事に追われている毎日.性格は温厚で真面目な印象であるが,口腔内への関心は薄い.

【主訴】
「右下が痛く,咬めない」とのことで来院.2 回目から担当になり,主訴の右下7番は除冠され,仮封の状態.痛みはすでに消失しており,主訴は咀嚼障害.

【歯科既往歴】
1999年に水平半埋伏していた右下8番の智歯周囲炎による疼痛で来院.右下7番は歯髄に達するほどのう蝕で,8 を抜歯後,通院が途絶える.2008年に右下7番の急性根尖性歯周炎により,急患来院.右下7番の根管治療後,患者の希望もあり,単冠で補綴治療.定期検診には応じず.

【診査・診断】
右下7番の近心には6 mm,遠心には7 mm のプロービングデプス,根尖部には根尖性歯周炎と思われる透過像を認めた.加えて,歯質も脆弱であり,右下7番は抜歯と診断した.支持組織量が多く,咬合接触関係も良好な小臼歯までの短縮歯列も選択肢だが,患者の咀嚼障害の訴えから,補綴処置が必要であると考えた

【治療計画】
本症例は欠損症例としては比較的若く,固定性という患者の要望,右下5番4番付近の骨隆起(小連結子の設置が困難),また非機能歯である左下8番の存在を考慮し,歯根膜を活用できる自家歯牙移植を選択した.右下6番部または右下7番部の骨幅は狭く,ドナー歯を位置づける外科処置の難易度は高い.加えて,無歯顎堤への移植の低い成功率が懸念される.そこで,右下7番6番部の中間に位置する抜歯窩を利用し,移植後にMTM を用いて歯軸を遠心に整直することで,右上7番との咬合支持を確保したいと考えた.また,右下6番部へのインプラントと右下5番の切削を天秤にかけ,患者との話し合いのなかで,右下5番の切削によるブリッジでの対応を選択した.

【自己評価】
自家歯牙移植とMTM を併用し,歯根膜移動を行うことで咬合支持の確保に努めた.歯槽骨が歯根膜に寄り沿い,歯槽硬線が出現するという歯周組織の治癒過程をみることで,改めて歯根膜を活用することの重要性を実感した.本稿では一歯単位の治療や処置を中心に説明したが,自家歯牙移植の応用が口腔単位でみても有意義であったと考えている.治療を通じ,何よりも患者の口腔に関する意識の変化がもっとも大きな収穫であった.

【今後の課題】
本症例を通じ,自家歯牙移植を用いた欠損歯列の改変の有効性を感じた.しかしながら,欠損歯列のリスク,患者のライフステージや個体差を考慮し,改変の是非やタイミングを慎重に見極めていきたい.そして,今回の経過観察から学ぶことを大切にしたいと考えている.

本誌はこちらから
https://www.quint-j.co.jp/web/theQuintessence/index.php

この症例へのコメント

  • 千葉英史

     このケースでは,1歯の自家歯牙移植がポイントになっている.欠損歯列への対応として意義があっただけでなく,移植前後の歯周組織の観察から多くのことを学べ,この治療法を提示したことで患者の意識が変わったためである.
     術直後に浅すぎるのではないかと思われた移植歯と歯槽骨の関係が,MTMを経て最近では理想的といってもよい状態に整っており,術者の読みの確かさに感心するともに,歯根膜の魅力を改めて教えられる.
     現在の状態から移植歯は長く機能していくことが予測されるが,不安がないわけではない.最近のエックス線写真において根尖部歯周組織に認められる透過像が気になるところである.右下5番補綴物の脱離にも注意が必要だが,破損しなかったテンポラリーブリッジの様子から,接着技術がしっかりしていたなら当面問題は出ないだろう.今回の診療を通じて高まった患者の口腔に関する健康観の変化と合わせて,今後の経過から学ぶことも多いと想像している.

    <このコメントはザ・クインテッセンス2017年5月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>

  • 千葉英史

     筆者とは同じスタディグループに所属している.われわれの会では「基本的診療の質の向上」,「ひと・くち・はで整理した症例検討」,「欠損歯列への適切な対応」,「きめ細かい臨床観察」,「歯根膜の活用」,「経過観察からのフィードバック」などが重要なテーマである.
     今回のケースではこれまで学んだことが活かされて良好な結果を得ていると考えられ,今後もこれを続けるとともに,多くの経験を積んでいくことで,確実に成長していくに違いない.
     筆者の人脈は上にも下にも,大学人にも臨床家にも広い.人柄のよさや仕事への真摯な取り組みゆえと感じているが,同時に情報過多,雑用過多になりやすいとも想像しており,自身の臨床に向き合う時間をどれほど作れるか,そこから自らの芯となる部分をいかに早くしっかりと作れるかが,より大きな成長をめざすうえでは鍵となるだろう.
     私の言葉がどれほどのモチベーションになるかはわからないが,「大いに期待している」と伝えたい.

    <このコメントはザ・クインテッセンス2017年5月号「MY FIRST STAGE」に掲載されたものを一部抜粋したものです。>

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